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人を生かすも殺すも憲法を活かす人の智慧次第 

主張 生存権裁判判決 人間の尊厳守る運動さらに

2014年10月7日(火) しんぶん赤旗

主張
生存権裁判判決
人間の尊厳守る運動さらに


 70歳以上の生活保護利用者に支給する老齢加算を国が廃止したのは憲法違反で違法だと、福岡県と京都府の高齢者が訴えた訴訟で、最高裁が原告の訴えを棄却する不当判決を言い渡しました。貧困のなかで必死に生きる高齢者の生活実態を無視した、きわめて冷たい判決です。「憲法の番人」であるはずの最高裁が、憲法25条が保障する生存権に反する政府のやり方を追認したことは重大です。「人間らしく生きる」権利を保障させる世論と運動をさらに広げることがいよいよ重要になっています。

葬儀にいけず孤立化も

 老齢加算廃止は、自民・公明の小泉純一郎政権の2004年から06年にかけて段階的に実行されたものです。財界主導の経済財政諮問会議などが、生活保護など社会保障費が「財政再建」を妨げていると不当に攻撃し、高齢者の暮らしの実情などを考慮せず強行しました。

 老齢加算は、「加算」といっても、不必要な「上乗せ」をしているものではありません。生活保護費は利用者の年齢で支給額が決まる仕組みのため、高齢になると減額され暮らしは苦しくなります。しかも高齢者は、かむ力が弱まるので消化吸収のよい食品、寒さや湿気に対応できる寝具、葬儀や墓参など社会的な付き合い―など特別な出費が必要です。その費用として1960年に政府が導入したのが老齢加算です。老齢加算があったからこそ、高齢者が憲法25条で保障された「健康で文化的な最低限度の生活」をようやく満たすことができました。

 保護費の約2割を占める老齢加算の廃止は深刻な事態を引き起こしました。少なくない高齢者が訴えるのは「香典を包めず葬儀にいけない」という苦悩です。故郷にいる兄弟の見舞いにもいけないという声も上がります。人としての付き合いに必要な最小限のお金を工面できずに周囲から孤立し、社会的つながりが断ち切られることほど悲惨な老後はありません。

 もともと少ない保護費は「1日2食の生活でやせ細った」「お風呂を我慢している」「エアコンを使わず熱中症で病院に運ばれた」など命と健康をむしばんでいます。老齢加算廃止の正当化は、大問題になっている「老人漂流社会」を深刻化させることにほかなりません。

 老齢加算廃止取り消しを求める「生存権裁判」は2005年から全国9地裁に次々起こされ100人以上が立ち上がりました。70歳すぎから裁判をすること自体、肉体的精神的に大変です。亡くなった原告もいます。しかし、尊厳をかけた訴訟では、高齢者に健康で文化的な最低限度の暮らしを確保する「慎重な配慮」が望ましいとする最高裁裁判官の意見を引き出すなど貴重な成果をあげています。

25条にもとづく政治こそ

 安倍政権のすすめる生活保護費削減にたいして異議を申し立てた生活保護利用者の審査請求は1万件を超え、違法性を問う裁判も始まりました。「生存権裁判」はこれらのたたかいの先がけです。

 子どもの就学援助額や労働者の最低賃金額などに影響する生活保護費削減を許さないたたかいは、国民の暮らしを守るたたかいに大きく貢献するものです。社会保障破壊を許さず憲法25条にもとづく政治を実現させる国民の共同を広げることがますます必要です。


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