スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ブラックな企業は人のことは何とも思ってはいない、虫けらあつかい同然/地方から労働者にとってまともな労働を取り戻そう/国の怠慢で発症し死亡は未必の故意の殺人 

違法な労働を強制 壊れたらあとは捨てられる 奴隷型社畜
高知市 公共調達条例 改正案可決 労働報酬の下限額設定
社説 石綿訴訟判決 国の責務がさらに問われる
社説 石綿最高裁判決 国は真摯に受け止めよ

脱社畜的「会社の歩き方」

16 違法な労働を強制され、壊れたらあとは捨てられる - 奴隷型社畜


日野瑛太郎  [2014/10/10]

「毎月、100時間以上は残業をしている。残業代はほとんど出ない」

「仕事が多くて休日出勤はあたりまえ。もちろん、有給休暇なんて取れるわけがない」

――たまに、このような「過酷」としか言いようがない環境で働かされているという人の悲痛な声を聞くことがあります。

ここ数年、「ブラック企業」の話題がたびたびニュースに出るようになった結果、このような過酷な働き方が常態化している企業が、日本には数多く存在することが明らかになってきました。残業代を払わないのも、休みを取らせないのも間違いなく法律に違反しているのですが、残念ながらこの手の法律違反はそのまま見過ごされてしまうことが少なくありません。経営者の中には、「労働基準法なんて守ったら会社はつぶれてしまう」と開き直って、労働基準法違反を正当化してしまう人すらいるほどです。一説には、労働基準法は道路交通法と並んで日本でもっとも守られてない法律なのだそうです。

法律に基づかない違法な状態で行われる労働は、「労働」というよりも「奉仕」に近いと言えます。そもそも僕たちが会社で働くのは、契約に基づいて提供した労務の対価をもらうことができるからです。「残業代を払わない」「休みを与えない」というのは、この根底にある契約に反しますから、それはもう正しい労働とは言えません。

違法な労働を強制され、壊れたら捨てられる「奴隷型社畜」

「残業代が払われない」「休みが取れない」といったような違法な働き方を強制されている人たちを、僕は「奴隷型社畜」と分類しています。今までいくつか社畜の分類を紹介してきましたが、その中でもっとも悲惨だと言えるのがこの「奴隷型社畜」です。あえて「奴隷」というキツいことばを使っているのは、前述のようにこれはもはや正しい労働の形とは言えないからです。

「奴隷型社畜」は、ブラック企業にとっては消耗品でしかありません。体や心を壊すまで不当な対価で酷使され、壊れたらそのまま捨てられます。あえてこういった企業で「奴隷型社畜」として会社に「奉仕」をするべき利点は何一つありません。もっともなることを避けなければならない社畜がこの「奴隷型社畜」です。

なぜ、違法な状態で働かされてしまうのか

そもそも、なぜこのような違法な状態で働かされる人が出てきてしまうのでしょうか。原因はいくつか考えられますが、その中のひとつとして「労働法規や労働者の権利を正しく理解していない人が少なくない」ことが挙げられます。

正しい知識を持っていないと、「うちの会社では、残業代は出ません」と言われても「この会社はおかしい」と気づくことができません。「説明になっていない説明」で、丸め込まれてしまうことも多くなります。

例えば、残業代がもらえないことをなんとなくヘンだと感じていても、

「残業代なんて他の人もみんなもらっていない」

といったように他の人の例を出され、「みんなと同じだ」と説明をされると「そういうものか」と納得してしまう人がいます。

日本人は「みんなと同じだ」と言われるとそれだけで安心してしまうところがあるようですが、この問題に関しては「みんなと同じ」だと言われてもそれだけで納得してはいけません。「みんながそうしている」からと言って、それが正しいとは限らないのです。「残業代なんて他の人もみんなもらっていない」のだとすれば、それは他の人もみんな違法な状態で働かされている、という意味です。これは、典型的な「説明になっていない説明」です。

こういうトリックにだまされないためにも、労働法規や労働者の権利については、どんな人でもある程度は知っておく必要があります。

知識を身に付けることで自分を守る

労働法規や労働者の権利についての知識は、当然ながら会社では教わることはできません。日本の場合、学校教育の場でもあまりしっかりとは教えてもらえません(ほとんどすべての人に必要な知識なのに学校で教われないのは不思議です)。そのため、自分で主体的に身につける必要があります。まずは一冊、一般向けに書かれた労働法に関する本を読んでみることをおすすめします。

また、働いていて何かおかしいと感じたら、社内だけで解決するのではなく社外の専門家や相談窓口などを活用することをおすすめします。相談窓口などを社内に設けている会社もありますが、性質上、社内の窓口には限界があります。外部の力を借りたほうが適切な問題があるということを知っておくとよいでしょう。

労働法規や労働者の権利についての知識を身につけることは、自分を守ることに直結します。「勉強は嫌だなぁ」と思う人もいるかもしれませんが、必ず役に立つのでぜひ勉強してみてください。

<著者プロフィール>
日野瑛太郎
ブロガー、ソフトウェアエンジニア。経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づき、「脱社畜ブログ」を開設。現在も日本人の働き方に関する意見を発信し続けている。著書に『脱社畜の働き方』(技術評論社)、『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)がある。



高知市公共調達条例/労働報酬の下限額設定

【改正案可決、15年秋に施行】

 高知市議会は、9月定例会で、公共工事の請負金額の労働報酬下限額設定を義務付ける公共調達条例の改正案を可決した。2015年10月1日に施行する。改正案は市民クラブや共産党、公明党などが議員提案した。市は今後、学識経験者などで構成する公共調達審議会の意見を踏まえ、報酬の下限額などを設定する。現在の公共調達条例は理念を盛り込んだ内容であるため、今回の改正により労働報酬に下限を設定した「公契約条例」となる。市は「四国初の公契約条例となるのではないか」(契約課)としている。

 条例改正案では、▽市長は、公共調達審議会の意見を聴いた上で、公共調達下で働く労働者の労働報酬下限額を定め、告示する▽受注者は、対象労働者に労働報酬下限額を周知し、労働報酬額を記載した台帳を市長に提出する義務がある▽市長は、提出資料に疑義がある場合や対象労働者から申し出があった場合は、受注者に調査・報告を求め、場合によっては、市の職員に立ち入り調査をさせることができること--を明記している。さらに、その調査結果によって市長が求めた是正措置が実行されないなど、悪質な場合には契約解除することを盛り込んでいる。

 改正案に対し、「企業の経営に影響を与える」と高知県建設業協会高知支部が反対する要望書を市や市議会の各会派に提出していた。同協会は条例改正案可決について「今後の動向を注視したい」としている。

 同市では、労働組合など公契約条例制定の機運が高まる中、公共調達条例を2012年4月に施行した。事業者に対し、職務、業務、責任の度合い、経験年数などを考慮した賃金の支払いや、下請企業に適正な請負代金を支払うことを求めている。しかし、同条例は理念的な内容で、罰則や法的拘束力がなかった。

[ 2014-10-10 10面]建設通信新聞



社説 石綿訴訟判決/国の責務がさらに問われる

 国が求められる役割をきちんと果たしていれば、多くの人々が命を落とし、苦しむことはなかったのではないか。
 患者や遺族が発し続けた素朴でまっとうな問い掛けを、司法は聞き入れた。

 アスベスト(石綿)による健康被害をめぐり、大阪・泉南地域の元石綿工場労働者らが国に損害賠償を求めた訴訟で、最高裁がきのう、国の責任を認める初めての判断を下した。

 被害や有害性が把握できた時点で、国は規制など被害防止策に取り組む義務を負う。義務を怠った場合には権限不行使、不作為の責任が問われる。それが筑豊じん肺訴訟の最高裁判決(2004年)などこれまでの公害訴訟で示された判断だった。

 今回の訴訟では高裁の判決が真っ二つに割れていたが、不作為責任を重く見る判断が変わることはなかった。司法の流れは確立したと言っていい。

 国民の生命と健康を守るという最大にして最低限の責任を果たすことなく、高度経済成長期の産業政策を優先して規制に動かなかった国の姿勢が、明確に断罪された意味は大きい。

 安価で耐熱性、防音性に優れたアスベストは建設資材や工業製品として重宝され、身近な暮らしの場で広く使用され、流通した。そのため被害が製造現場にとどまらないところに恐ろしさと深刻さがある。

 建設現場での被害は全国に広がり、首都圏などで建設労働者が国の責任を問う訴訟が後に続く。泉南地域の工場労働者に対する責任にとどまらず、今後は建材の流通や使用、解体などの現場における規制責任まで問われることになるだろう。

 司法判断を待つまでもなく、現実に健康被害と不安が広がっている以上、被害救済と対策の先頭に立つ責務は国が負っていることを忘れてはならない。

 職業的な吸引や接触の経験がない一般市民にも被害は及んでおり、労災認定されない被害を対象に06年に始まった医療費給付などの救済認定者は約1万人(うち4割は死亡)に達した。

 代表的疾患の中皮腫は30~40年後に症状が出る例が多く、04年のアスベスト全面禁止以前の被害が表面化し、本格化するのはこれからと言われる。

 決して被害の終わりが見えた過去の公害ではない。

 国は東日本大震災の被災地も含めて、建物の解体による飛散の影響などに引き続き監視と警戒を強めなければならない。

 何より被害の全体像は不明なままであり、被害の実態を詳細に把握、分析することに力を入れるべきだ。

 不十分と指摘される救済給付額の見直しに加え、早期発見や治療の強化も必要になる。

 発症した時点で病状が進行し、生存率が極めて低いアスベスト疾患の現実を直視し、集中的に医学研究に投資をして犠牲を減らす努力が求められる。

 そうした取り組みは国内だけでなく、アジアなどアスベスト対策が遅れている地域への貢献につながる点でも重要だ。

2014年10月10日金曜日 河北新報



社説 石綿最高裁判決 国は真摯に受け止めよ

(10/10)北海道新聞

 アスベスト(石綿)による健康被害について、国の賠償責任を初めて認めた。

 大阪・泉南地域の加工工場で石綿を吸い、肺がんや中皮腫などを患った元労働者や遺族89人が起こした2件の集団訴訟で、最高裁はきのう、国の対応は違法だったとする判断を下した。

 有害物質による健康被害では、筑豊じん肺訴訟などで国の責任を認めており、司法による救済の流れがより明確になったと言える。

 2006年の提訴以降、患者原告のうち14人が死亡している。他の原告も高齢である。

 菅義偉官房長官は「判決を重く受け止める」と述べた。その言葉通り、国は判決を真摯(しんし)に受け止め、救済を急がねばならない。

 石綿被害をめぐっては、加工工場のほか、建設現場の元労働者らが国相手に、札幌地裁を含めて10余りの訴訟が進行中だ。判決の影響にも注視したい。

 争点は、国が規制権限を適切に行使したかどうかだった。具体的には排気装置の設置義務化、粉じん濃度の規制強化、防じんマスクの着用義務付け―の3点である。

 判決は、1971年に設置が義務づけられた排気装置について、旧労働省が全国に環境改善を指示した58年時点で十分な技術的知見があったと判断。58~71年は「著しく合理性を欠き違法」とした。

 しかし、残る2点は退けた。

 泉南地域は、明治末期から石綿紡織工場が並び、全国一の石綿産業集積地として2000年代まで工場があった。ピーク時は全国シェアの80%を生産していた。

 最高裁判決を、日本の近代化、戦後の高度経済成長を支えた石綿産業の「負の遺産」を総括するきっかけと見たい。

 石綿は体内に吸収されてから肺がんなど疾病を発症するまで20~40年かかり、「静かな時限爆弾」と言われる。極めて微細の繊維として飛散して肺に吸入されると排出されることはまずない。

 今後も新たな患者の発症が懸念される。06年に石綿健康被害救済法が施行されたが、制約が多く、救済範囲が狭いのが実情だ。

 国内では、石綿は使用禁止になっている。しかし、内部に使われた建築物は身近にいまだ数多く残されており、解体時の飛散被害が懸念されている。

 解体業者、行政は防護対策やその周知徹底に万全を期さねばならない。石綿による健康被害は決して過去の問題でない。今後もしっかり向き合っていく必要がある。


4件の記事を引用しました

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://seibanlocalunion.blog45.fc2.com/tb.php/8662-c8641bb8

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。