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アスベスト災禍は何によってもたらされたのか、それを探り後の対策へと繋げるのが人智 

社説 泉南石綿訴訟判決 命を守るべき国の責任は重い
社説 アスベスト訴訟 行政の怠慢による被害償え
社説 【石綿禍訴訟】「隙間のない救済」急げ

社説 泉南石綿訴訟判決 命を守るべき国の責任は重い

2014年10月12日(日)愛媛新聞

 経済や産業の発展が、労働者の命より優先されていいはずがない。そんな当然の大原則を、司法があらためて行政に突きつけた。

 大阪・泉南地域のアスベスト(石綿)の健康被害をめぐる2件の集団訴訟上告審で、最高裁が国の賠償責任を初めて認める判決を出した。

 石綿の危険性が明確に分かった1958年の時点で、国が排気装置の設置を「できる限り速やかに」義務づけるべきだったと認定。実際には71年まで規制しなかったことを違法と断じている。

 判決は、国の不作為や行政の怠慢を厳しく断罪するもので、画期的と評価したい。国の規制権限不行使についての司法判断は、流れとして確立されつつあり、その意義も極めて大きいといえよう。

 塩崎恭久厚生労働相は、原告への謝罪やさらなる救済措置などについて明言を避けたが、先延ばしや救済格差の放置は到底許されない。国は、遅きに失したとはいえ、これまでの限定的、消極的な対応を真摯(しんし)に反省し、苦しむ多くの患者の全面救済に、一刻も早く踏み出さねばならない。

 潜伏期間が数十年と長く、「静かな時限爆弾」と呼ばれる石綿被害では、昨年までに1万1千人以上が死亡。労災認定だけでも毎年千人近くに上り、今も増えつつある。だが、半世紀も前から健康被害が分かっていたにもかかわらず、石綿は安価で優れた建材として使われ続け、原則使用禁止はようやく2004年、石綿健康被害救済法の施行は06年。規制の大幅な遅れは明白で、企業はもちろん国の責任はあまりに重い。

 被害は、工場労働者だけでなく、周辺住民や建設労働者にも広がる。建設では700人以上が国や企業を提訴、係争中。国はこれまで、救済を労災か特別法での補償に限定してきたが、苦しみは同じでも労働者か住民かで補償内容に格差があるなど、患者の線引きは容認し難い。救済の門戸もより広げるべきで、実態調査に努めて被害の掘り起こしを続ける責務があろう。

 徹底した調査と原因究明は安全対策の強化につながり、何より二度と同じ過ちを繰り返さないために欠かせない。

 国内で過去に使用されたアスベストは総計約1千万トン。その多くが、現存する建築物に残る。高度成長期に建てられた建築物はこれから解体時期を迎え、また大震災時の建物の倒壊や解体、がれき処理で、石綿混じりの粉じんが拡散してもいる。最近では、運搬用麻袋に含まれた石綿の被害も新たに明らかになった。

 石綿被害は決して「過去の病」ではない。国は、失われずに済んだはずの命への痛切な反省をもって、現在進行形で拡大し続ける被害を食い止めねばならない。



<社説>アスベスト訴訟 行政の怠慢による被害償え

2014年10月12日 琉球新報

 アスベスト(石綿)被害に苦しむ患者、遺族らの訴えが司法に届いた。大阪・泉南アスベスト訴訟で最高裁は「粉じん対策を怠った」として、国の賠償責任を初めて認める判決を下した。

 安全規制の権限を持つ国が労働者の生命と健康を最優先させるべきだという原則を明確に示した点で、判決は評価できる。国は過去の行政の怠慢が招いた被害を深く反省し、判決を真摯(しんし)に受け止めるべきだ。

 これまでアスベスト被害は、労災や工場周辺住民らを対象にした石綿健康被害救済法で対応してきた。

 泉南アスベスト訴訟の原告は、被害補償を担うはずの中小紡績工場が廃業してしまったため国を訴えたが、そもそもアスベスト被害を認知しながら放置してきた国には責任がある。

 戦前、泉南地域で国が実施した調査では勤続年数20年を超えると石綿肺発症率が100%になるという衝撃的なデータもあった。

 それを知りながら対策を取らなかったのは、石綿の代替品開発が遅れたからだ。経済成長を支えた石綿製品の危険性に目をつぶり、労働者の健康を犠牲にしたとしか映らない。怠慢を超えて不作為と言わざるを得ず、判決が国の賠償責任を確定した意味は大きい。

 判決では、国が粉じん防止に有効な排気装置設置を1971年まで義務付けなかったのは違法だと認め、損害賠償を命じた。一方で工場では排気装置設置が第一次的手段であり、防じんマスクに関しては補助的対策にすぎないとして早期に着用指導しなかったことは違法とは言えないとも判断した。

 泉南訴訟と同様に建設労働者も訴訟を起こしており、そこでは防じんマスクの着用が争点だ。第一次的手段は現場で違うはずだ。被害の深刻さを認識していた国は、幾重にも安全対策を義務付ける必要があった。判決は、そこまで踏み込んでもらいたかった。

 アスベスト被害に関しては全国で14の裁判が起こされ、労災認定も年間約千人に及ぶ。建材など石綿を使った製品はまだ身近に存在し、被害はさらに拡大する恐れもある。県内でも基地従業員を中心に健康被害に苦しんでいるが、労災認定のハードルは高い。

 被害者は高齢化し、残された時間は少ない。訴訟を長引かせてはならない。国は自らの非を認め、被害者に謝罪し、補償を急ぐべきだ。



社説【石綿禍訴訟】「隙間のない救済」急げ

2014年10月12日08時13分 高知新聞

 アスベスト(石綿)による健康被害をめぐる2件の集団訴訟で、最高裁が初めて国の責任を認める判決を言い渡した。近年の公害訴訟などにみられる救済重視の流れに沿った司法判断といえる。

 後手に回った行政対応を「著しく合理性を欠き違法だ」と厳しく指摘した。同様の訴訟にも影響を与えよう。国は、被害拡大を招いた過去の怠慢を重く受け止める必要がある。

 今回の訴訟に費やされた8年余りの間に、原告のうち14人が死亡した。ほかの患者も高齢化や病状の進行で、救済に残された時間は少なくなっている。全面的な救済に向けた国の姿勢が問われよう。

 原告は、石綿製品の生産地として栄えた大阪・泉南地域の紡績工場に勤めた労働者やその遺族で、肺がんや中皮腫などを患った。

 最高裁の判決で、「2陣」の訴訟は国に賠償を命じた大阪高裁判決が確定。原告が敗訴した「1陣」の二審判決は破棄され、大阪高裁の差し戻し審で賠償額を審理する。

 最大の争点は、国の安全規制の在り方だった。最高裁は違法かどうかを判断する基準について、「国は権限を適時、適切に行使して国民の健康を守るべきだ」とした。

 具体的な規制では、1971年に工場への設置が義務付けられた排気装置で、石綿の危険性が医学的知見として確立していた58年には、義務化するべきだったと判断した。

 国の責任が明確になったことは大きな前進とはいえ、全面的な救済にはなお遠い。差し戻された原告はさらに決着まで時間を要し、労働時期が違法と認定された期間から外れた患者は請求が棄却された。また、同じく石綿被害に苦しむ建設労働者らの訴訟も、各地で続いている。

 現在、国の救済策は労災と、石綿健康被害救済法に基づく対応が柱になっている。同法制定時に、国が掲げた方針が「隙間のない救済」だった。

 だが、潜伏期間が数十年に及ぶ石綿被害では労災の請求が今も年間千人近くあり、両制度の給付の格差を指摘する声も根強い。

 司法が国の「不作為」を認定した以上、その責任に応じた救済の在り方をあらためて検討すべきではないか。判決を「隙間のない救済」へのきっかけにしなければならない。


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