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歴史的沖縄県知事選挙でオナガ雄志さんが圧勝 

『誇りある豊かさを!基地のない沖縄、平和な日本』の実現へ
歴史的沖縄県知事選挙でオナガ雄志さんが圧勝


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 沖縄の未来と日本の進路に大きく影響する歴史的な沖縄県知事選挙で、辺野古新基地建設埋め立て工事を承認し公約と県民を裏切った現知事に対し、「責任ある一票で誇りある豊かさを!新基地ストップ」を訴えたオナガ雄志さんが10万票もの大差で圧勝しました。那覇市長に城間さんが、県議補選那覇区に比嘉さんが、県議補選名護区に具志堅さんがそれぞれ当選しました。素晴らしい!たまらなく嬉しいです。来る解散総選挙で安倍をやっつけ平和な日本、安心して暮らせる日本の実現に向けて頑張る力を多くの人々に与えていると思います。

 沖縄は、大戦中には本土の捨て石とされ20万人もの尊い命が奪われ、軍隊に虐げられ敗戦後は米軍によって70年もの間苦難と困難を強いられてきた歴史をもっています。

 沖縄返還とベトナム戦争反対のとりくみで青春時代を過ごした私にとって、沖縄問題はその後の生きる「原点」とも言えます。自然豊かな島を基地のない豊かな沖縄へ舵をとる今回の選挙、保守・革新の枠を超えた「オール沖縄」のオナガさんで勝てる!いや絶対勝たなければ!の思いが日に日に強まり、前回に続いて新基地予定地である名護市へ、11月1日から6日までの6日間「やんばる統一連」の支援行動に参加して来ました。

 1日3時に那覇空港に着きましたが自動車のレンタルに手間取り、セルラースタジアムで行われている「オナガ決起1万人集会」に間に合うことができませんでした。しかし、1万5千人が参加し口笛と拍手が飛び交い決起する状況のメールが次々と送られてくるので集会参加者と一体化できた初日でした。

 2日目から本格的始動です。やんばる統一連事務所では、所長の吉田さんらに迎えていただき寄せ書きを手渡しました。告示前から支援に入られている前大阪労連議長の植田さん、大阪中央区の北川、大川、鈴木さん、大阪北区労連議長の田中さん、元事務局長の上地さん、元京都土建の久永さんらが大きな拍手で歓迎していただきました。早速、法定ビラ「新基地ストップ、責任ある一票を」を持って旧市街地へ、2ラウンドのビラ配布、会う人には「沖縄の未来のためにオナガさんをお願いします」と声をかけながら配っていきます。会う人会う人が「頑張って!」「応援しているよ」と、晴れた青空と暖かさのようにすごく良い反応に足が軽やかになります。オナガさんの個人ビラ「誇りある豊かさを!」の「豊かさ」は、福井地裁での大飯原発「再稼働」裁判の判決「国富の喪失」に通じる豊かさであり、支配者によるお金に支配されない心の豊かさを持とうと呼びかけていると理解しました。

 翌日は7時半から大西町交差点での朝立ち宣伝に参加。オナガのぼりを振りながら、「フテンマ基地を撤去しよう」「ヘノコ基地をストップさせよう」と、ドライバーに思いを込めて手を振ると大半の人達が手を振って応えてくれます。凄く反応が良くて胸が熱くなってきます。ハンドマイク宣伝隊を編成して何隊も出発していきます。夾竹桃の咲く家々や徳利木綿の並木道、沖縄民家の路地を「子どもの未来、名護の未来をオナガさんに!」「オナガさんで基地に頼らない経済振興を!」と終日桃太郎。電柱という電柱にオナガポスターが貼られてあり、各交差点にはオナガのぼりとなかいまのぼりが林立、これが沖縄の選挙だと興奮を覚えます。家から出てきてスポット演説を聞いて拍手をしてくれる人、家の中から手を振ってくれる人、4年前の反応よりズッと良い、演説をしながらこれなら勝てると確信しました。

 4日目は、R58白銀交差点で朝立ち宣伝、現知事陣営とバッテング、両陣営が入り乱れて立ち緊張感溢れましたが、沖縄ルール(先に立った方が優先)によってやむなく別の交差点へ。リレートークでは「世界遺産の城がある姫路から支援にきました。オナガさんと一緒に平和な沖縄を築きましょう」と呼びかけました。その後の行動は、「基地撤去・経済振興・雇用」の3種類政策ポスター貼り、ハンドマイク桃太郎行動、電話作戦などやることはいくらでも。事務所には、年金者組合、民医連、福祉保育労、民商、新婦人と全国から続々と支援部隊が来られています。

 現知事陣営は、「共産主義の県政にさせるな」を大書きした法定ビラ(?)の全戸配布、一夜にして真っ赤な「共産県政許すな」ポスターの一斉貼り出し、宣伝カーで「流れをとめるな!」と名前の連呼、下地氏らも「オナガは中国の手先」謀略ビラを配布するなど一緒になって反共宣伝の包囲網が張り巡らせています。すでに投票前日の様相です。

 事務所では、上野事務局長が「オナガが一歩リードしているようだが、相手陣営の本丸である政府・自民党・アメリカは必死、何をしてくるか解らない。油断せず勝利向かって頑張ろう」と呼びかけました。

 5日、県議補選、具志堅トオル出馬政策発表記者会見が行われ、無所属で「うまんちゅ名護」推薦で出馬。トオルさんは日本共産党の名護市会議員44年間務めて来られた方で、名護市長与党全議員が押すもとで出馬を決意されました。稲嶺市長は、推薦の言葉で「名護市民は1月に私を再選し、9月には与党議員14名を実現しました。今度はオナガさんを勝たせる事、補選でトオルさんを勝利しオナガ県政を支える与党を多数にしてこそ、名護市民のたたかいは完成品となります」と必勝を呼びかけられました。

 6日の午後は、帰らなければならず途中で帰る申し訳ない気持ちとともに後一週間の奮闘を託しながら、辺野古のテント村、キャンプシュアブ前の座り込みの皆さんを激励して、那覇市にある故瀬長亀次郎(沖縄人民党書記長後の共産党副委員長)さんの資料館「不屈館」に寄って、沖縄に思いを馳せながらオナガさんの勝利を祈りつつ帰途につきました。

 不屈館では、館長の内村(瀬長さんの次女)さんが仲井真知事の父親も同じように反動の手先になっていたが、歴史は繰り返すのですねとおっしゃっていました。

 新聞記事から抜粋します。「57年前に亀次郎が那覇市長に当選。米軍は就任前から弾圧をふりかざし補助金を打ち切り、銀行も市の預金を凍結するという兵糧攻めにあい困難を極めましたが、市民が列をなして税を納め市長を支えたのでした。ところが時の米民政官と密通し市長不信任を画策している市議がいました。それは現在の仲井真知事の父、仲井真元楷市議だったのです。何という歴史の皮肉だろうか。今度は息子が東京で閣僚と密会の上県民の分断を決断し、新たな苦難を県民に押し付けています。当時は米軍が、今度は日本政府が、「アメとムチ」で迫ってきます。しかし今は、県民が米軍・政府の弾圧を恐れず活動でき、さまざまな情報を発信できる時代で県民・国民は賢明です。」

(O)

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