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いま日本人一人ひとりに民主主義とは何か、憲法とは何かが問われている 

社説 戦後70年  誤りなき未来を築くために
社説 戦後70年 今こそ「不戦の誓い」を新たに

社説 戦後70年  誤りなき未来を築くために

作家の高見順は、敗戦後の1945年9月30日の日記にこう記している。 

 「生まれて初めての自由! 自国の政府により当然国民に与えられるべきであった自由が与えられずに、自国を占領した他国の軍隊によって初めて自由が与えられるとは、--かえりみて羞恥の感なきを得ない」 

 天皇とマッカーサーが並んだ写真が掲載された新聞を内務省は発禁処分にする。それをGHQ(連合国軍総司令部)が解除し、言論の自由に対する新措置を発表したのを受けた日記である。自由を得た喜びよりも、何もできないでいる自国の姿を高見は恥じ入った。

 敗戦から70年。この年に生まれた赤ちゃんはもう古希だ。この間、他国と戦火を交えず、自衛隊員が戦闘で人を殺すことも、殺されることもなかった。多大な犠牲を出した先の戦争への反省と平和への希求が、国民の間で共有されてきたからこそだろう。 

 だが、日本の平和主義は大きな曲がり角にさしかかっている。4月の統一地方選後には、集団的自衛権行使に関する法整備や日米防衛協力指針(ガイドライン)改定をめぐる国会審議が始まり、長期政権への切符を手にした安倍晋三首相は宿願の憲法改正に挑むことを明言している。本丸は9条だ。戦争体験のない世代が大半となった今、私たちは不戦の意思を貫いていけるだろうか。

空洞化する民主主義

 民主主義も揺らいでいる。象徴的なのは昨年12月の衆院選だ。小選挙区の投票率は戦後最低の52・66%だった。政策選択肢が乏しかったことなど理由はいろいろあるにしても、国政選挙で若者を中心に半数近くが棄権する状況は、議会制民主主義の空洞化というほかない。 

 「おまかせ民主主義」や「消費者民主主義」と呼ばれる受け身の姿勢を変えるには、子どもの時から学校で主権者教育をすべきだとする専門家の声もある。教育基本法に政治的教養の必要性がうたわれていても、実際は十分に機能していないからだ。政治教育には危うさもあるが、社会の問題を子どもたちが自分なりに考え、意見を語り合う、そんな民主主義の作法を学ぶ機会がもっとあっていい。

 米国の歴史家ジョン・ダワー氏は、敗戦から立ち上がる日本人の姿を描いた著書「敗北を抱きしめて」の中で、与えられた民主主義の未熟さを懸念する声が戦後の早い段階からあったことを指摘している。私たち日本人は民主主義を享受しながら、大地にしっかりと根付かせる努力を怠ってこなかっただろうか。 

 民主主義の基盤となる「知る権利」も危うくなってきた。昨年施行された特定秘密保護法は、秘密指定の乱用を防ぐ監視機関が政府から独立しておらず、情報開示と秘密保護のバランスを著しく欠いたままの見切り発車となった。抜本的な見直しをしなければ、戦前の軍機保護法のように国民の目や耳をふさぐ法律になりかねない。

 「平等」はどうだろう。
戦後民主主義の中でも、最も影が薄くなった理念ではないだろうか。深刻さを増す格差社会の現実がそう思わせる。

分かち合いへの道筋

 預貯金や株式などの純金融資産を1億円以上もつ富裕層は100万世帯を超え、一方で生活保護世帯は160万世帯を突破した。非正規労働者の比率は過去最大の4割近くとなり、年収200万円以下のワーキングプア(働く貧困層)は4人に1人だ。1億総中流と言われた時代は既に遠い。 

 世界的ベストセラーの「21世紀の資本」が話題を集めている。経済学者のトマ・ピケティ氏が過去200年以上の欧米諸国のデータを駆使し、資本主義では格差が広がり、今後も不平等が拡大していくとの結論を導き出した。格差を防ぐために、国際協調による資本課税の強化などを提案している。

 この分析が今後どれほどの影響力を持つかは未知数だが、問いかけの意味は大きい。奪い合いではなく分かち合う社会への道筋をどう描くか。日本に問われている最大の課題の一つといっていい。

 今年の終戦記念日に、安倍首相は「談話」を発表するという。昨年のラジオ番組で「過去の戦争に対する反省」を盛り込む考えを示したが、侵略と植民地支配を明記した1995年の村山富市首相談話には「違和感を抱いている」といわれている。

歴史に真摯な姿勢を

 中国にとっては対日戦勝70年、韓国にとっては植民地解放70年の節目でもある。安倍首相の談話の中身次第では、歴史認識問題に火がつきかねない。首相は歴史に真摯(しんし)に向き合い、両国との関係改善を最優先させるべきだろう。未来志向の関係を築いていくためには、懐の深い外交力が要る。

 70年を機に、ほかにも立ち止まって考えたいテーマは多い。沖縄の米軍基地、原発再稼働、社会保障、地球環境…どれも難しい問題だ。だが、一人一人が少しずつでも自分で考え、声を上げていくことが必要だ。その積み重ねが政治の方向を誤らせず、確かな未来を開くのだと信じる。

[京都新聞 2015年01月01日掲載]



社説 戦後70年 今こそ「不戦の誓い」を新たに

2015年01月01日(木)愛媛新聞

 戦後70年の節目となる2015年が明けた。戦争を直接体験した人たちがごく少数になっていくなか、国民の総意として「不戦の誓い」を新たにする一年にしたい。

 あえて再確認しなければならないほど、昨年は「平和」が揺れた一年だった。

 中でも、7月の集団的自衛権行使容認の閣議決定は、歴代内閣が貫いてきた専守防衛の理念を逸脱する安全保障政策の大転換だった。4月の武器輸出三原則見直し、12月の特定秘密保護法施行と合わせ日本を「戦争ができる国」に変えてしまう可能性がある。

 そして今年、安倍晋三首相は衆院選で得た多数の与党議席を背に、憲法改正や安全保障法制整備への意欲を示す。

 選挙では争点化を避けておきながら、結果が圧勝で終わると、集団的自衛権の行使容認に「国民の信任を得た」、安保法制は「約束してきたことは進める義務がある」、改憲に関しても「自民党結党以来の主張だ」と主張する。都合のいい解釈だと言わざるを得ない。

 共同通信社が衆院選後に行った緊急世論調査では、安倍政権の安保政策を「支持しない」とした回答が55・1%。「支持する」の33・6%を大きく上回った。

 今の国民だけではない。平和は、先の戦争で犠牲になった人やその家族、そして70年間それを実現してきた全ての国民の願いでもある。安倍首相は謙虚に、そして真摯(しんし)にこうした民の声を聴くべきだ。

 対中国や対韓国でも好ましからざる状況が続いた。一昨年末、安倍首相が行った靖国神社参拝に両国が猛反発。国民同士の感情も、かつてないほど悪化した。中国籍船舶による尖閣諸島周辺領海への侵入も常態化している。

 安倍首相は今年、自らの歴史認識を示す首相談話を出すとみられる。1995年の村山富市首相の談話を「継承する」方針を示してはいるが、その表現によっては新たな火種になりかねない。無用な対立を招いてはならない。

 ロシアによる一方的なクリミア半島編入や、過激派「イスラム国」の台頭など、世界の平和を脅かす紛争は後を絶たない。グローバル化の中で日本も決して無関係ではいられない問題だ。

 そして、集団的自衛権が法制化されれば、日本の自衛隊がこうした紛争地に派兵される可能性が出てくる。武器を輸出するだけでなく、兵士を戦地に送る、しかも日本が直接武力攻撃を受けたわけでもない国へだ。絶対に許すわけにはいかない。

 日本は今、再び「いつかきた道」を歩まないための正念場にある。政治の最も重要な役割は国民の命を守ること。安倍政権はこれを再認識するべきだ。


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